<リード>
日曜日のことである。
部活は午前中の合奏だけで終わり、お昼ご飯を近くで適当にすませた。
もう夏なのか、空は気持ちよく晴れ上がり日差しは強かった。
グスタフは自転車を楽器店に向かってこいでいた。
ちょうど楽器の手入れをするためのロータリーオイルがきれてしまったのである。
あれがないと、ホルンのロータリーの部分が動かなくなってしまい、ひいては楽器が壊れてしまう。
うっかりしていたが、誰か他の部員が勝手に使っていたのもあってだろうか。
気がつかないうちになくなっていた。
そのための買い出しでもあったが、ちょうどいいのでCDも買おうか?
そろそろ新譜もでているはずだ、いやいや、新しいスコアを買うのも・・・などと考えているうちに、
楽器店についた。
彼が楽器店に来るのは久しぶりである。
楽器自体それほど買えるものではないためか、楽器を買ってからは足が遠のいていた。
久しぶりだなぁと思いつつ店内に入る。
そのままCD売り場に直行し、物色し始めた。
ここの店のCDはなかなか品がそろっていて、吹奏楽部員もよく利用しているらしい。
クラシックにも力を入れているのは店長がクラシック好きだからだろう。
普通のCD屋ではそろってないものまである。
さすがは楽器店といったところである。
彼としてはこういう所に来ると嬉しくなってしまうのだが、さすがに目的を忘れてはいけない。
ロータリーオイルを買いに来たのである。
その事に気がつくと、楽器のおいてあるブースに向かう。
ふと、そこで意外な人影をみた。
「なぁ、ゆか。いいかげんに・・・」
「も、もうちょっと待ってね、亜都ちゃん。」
どうやら、例のクラリネットの娘らしい。
何を迷っているのかな?と遠くから覗き込むと、どうやらリード選びに時間がかかっているらしい。
リードは木管楽器の音を出す源で、消耗品だ。
薄い板のようなものなのだが、それを震わせて音を出す。
お気に入りのリードというものはなかなかなく、木管楽器の奏者の頭を悩ませている。
何気なくそちらをみているうちに退屈したのか、亜都がこちらをみた。
「あっ。ダグラス先輩!!」
亜都が叫ぶ。
その声を聞いて、「えっ」と結花が彼の方を向く。
そしてそのまま、顔を下に向けてうつむいてしまった。
心なしか、彼女の顔が赤い。
グスタフはまだ彼女は名前を覚えてくれていないのだなぁと思うが、こちらを見て声をかけてきた以上、
返事をしなくてはならない。
「グスタフですよ。こんにちは。」
そういって彼女たちに近づいた。
ますますゆかの顔が赤くなっていくようだ。
「ダグラス先輩からもなんかゆったってーな。」
隣のゆかの状態を気にする風もなく、亜都が言う。
さすがに関西弁は聞き取りづらい。
「どうかしたのですか?」
なんとなく意味をつかんで、グスタフがきく。
「ゆかがなんか選ぶんに時間がかかって。」
リードのことだろうなと思って、今度はゆかに話し掛けてみる。
「リードですか?」
こっくりとゆかがうなずく。
元々顔が下に向いているので、それほどはっきりとわかるうなずき方ではなかったが。
「何で迷っているのです?」
穏やかにきく。
そうするとゆかは小さな声で答えてくる。
「え?えっと・・・。どんなリードを使ったら上手く吹けるかなって・・・。」
最後の方はどんどん声が小さなって聞き取れなかった。
「今はどのリードを使っているのです?」
そうきくと、ゆかはゆっくりと一つのリードの箱を指差した。
「このリードですか・・。音は出しやすいけど、この薄さだと音がうすくなっちゃいます。
上手くなりたいのでしたら、もう少し厚いリードを使うといいですよ。
最初は吹きにくいと思うのですが、そのうちなれてきますから。
そうしたらいい音が出るようになりますよ。」
そういって穏やかに微笑んだ。
ゆかは聞き取れないほどの声で「はい」と言ったらしい。
様子でそういったのだろうと思った。
「では、私も買い物があるので・・・。」
亜都がゆかの横でにこにこしている。
「ダグラス先輩、またっ。」
そう元気よく、亜都が言う。
「ほらっ。ゆかもいわな。」
「えっ?ええ?」
ゆかが混乱しそうだったので、グスタフは言葉を挟んだ。
「ゆかさん、でしたよね?この間はクッキーをありがとうございました。
とてもおいしかったですよ。
では、また会いましょう。」
そういって彼女たちのところから離れ、目的の物を買いに行った。
かわいい子だなぁと思う。
そして、彼女が上手くクラリネットを吹けるようになったらとも思う。
同じ吹奏楽部員としてこれほど嬉しいことはない。
そう思って、まだ二人がいる楽器店を後にする。
なんとなく後ろが気になったがそういう気持ちは自覚のない物であった。
以下、注です。(専門用語が出てきたので)
リード:クラリネット・サックスといった木管楽器の音の源。
これをつけたマウスピースに息を吹き込む事によって、リードを振動させて音を出します。
「薄い板」と書きましたが、形状は小さな薄い板状のものです。
クラリネット・サックスのリードは大体1箱2000円くらいで、10〜20枚入りだったと思います。
厚さによって種類(1号〜5号くらいの種類があったと思う)があり、厚い物(数字が大きい物)ほど
吹きにくくなります。
しかし、薄いものは音が出しやすい反面、音が薄っぺらになりやすく上級者はそれなりに厚いリードを
使います。
いい音を出すには、それなりに厚さのあるリードを選ばなくてはなりません。
楽器の善し悪しもさる事ながら、リードの善し悪しで音が決まってしまうのが木管楽器の特徴です。
ロータリー:ホルン・一部のトランペット・チューバといった楽器に使われているもの。
ようは音程を変えるためのボタン(押すところ)です。
ロータリーの構造はピストンにも置き換える事ができ、トランペットや一部のチューバはピストンです。
ホルンはほとんどが構造上ロータリーの形式を取っています。
ピストンほどの運動性(速く動かせるか?)はない上、構造がややこしくなります。
しかし、音はいい音が出るようです。
この部分には楽器を吹くたびに専用のオイル(ロータリーオイル)を注す必要があります。
注さないと、ロータリーの部分が壊れたりします。
ロータリー部分の修理は大変時間とお金がかかるので、ちゃんとオイルは注しましょう。